「問題社員だから解雇すればよい」と考えていても、実際には会社側が敗訴するケースは多々あります。日本の労働法では、解雇は会社が自由に行えるものではなく、厳しいルールのもとで判断されます。
また、解雇が無効と判断された場合には、復職やバックペイ(未払い賃金)の支払いなど、会社に大きな負担が生じる可能性もあります。
そのため、問題社員への対応を考えるうえでは、「解雇できるかどうか」だけではなく、裁判所がどのような視点で判断しているのかを理解しておくことが大切です。
今回は、地方維新塾第2回セミナーでも解説した「日本では問題社員を解雇しにくい理由」と経営者が知っておくべき基本的な考え方について、地方維新塾の主宰弁護士・西村幸太郎が、整理してお伝えします。
なぜ日本では「問題社員を解雇しにくい」のか?
日本では、経営者が「問題社員だから解雇したい」と考えても、その判断がそのまま認められるわけではありません。
実際には、解雇の有効性は、会社の判断で決まるものではなく、裁判所が労働法の考え方に基づいて判断します。
まずは、なぜ日本では解雇のハードルが高いのか、その背景となる労働法の考え方を見ていきましょう。
労働契約は「無色透明」から始まる
日本では、一般的に、従業員は、入社した時点では特定の能力や役割を前提として採用された存在ではなく、「無色透明」の状態からスタートすると考えられています(いわゆるジョブ型の労働契約の場合などは別です。)。
そのため、「思っていたより能力が低かった」「期待した成果が出ない」といった理由だけで、すぐに解雇できるわけではありません。
会社には、業務を通じて必要な知識や技能を身に付けられるよう育成し、その人に合った役割を与えながら雇用を継続することが期待されています。会社には、無色透明の労働契約に色を付けていく役割が求められているのです。
この考え方が、日本で解雇のハードルが高い理由の一つとなっているのです。
会社には、社員に役割を与え、教育する責任がある
裁判所は、解雇の有効性を判断する際、「その社員に問題があったか」だけではなく、「会社が改善に向けた努力を尽くしたか」という点も重視します。
例えば、必要な教育を行ったのか、適性に応じた配置転換を検討したのか、注意や指導を重ねたのかといった過程も判断材料になります。
つまり、問題社員への対応では、従業員本人の行動だけではなく、会社側の対応も同じように問われるということです。
こうした労働法の考え方を理解しておくことが、その後の適切な対応にもつながります。
解雇が無効と判断された有名判例

解雇は、会社が「問題がある社員だ」と考えたからといって、直ちに解雇することができないのが実情です。
セミナー内では、その代表例として、ラジオ局のアナウンサーに関する判例を紹介しました。
この事案では、担当アナウンサーが2週間の間に2回放送事故を起こし、さらに2回目の事故については上司へ報告せず、事実と異なる内容の報告書を提出していました。
会社はこれらを理由に普通解雇を行いましたが、裁判所は解雇を有効とは認めませんでした。
この判例から分かるのは、「社員に問題があった」という事実だけでは、解雇の有効性は判断されないということです。
放送事故や虚偽報告だけを見ると、「解雇されても仕方がない」と感じる方もいるかもしれません。
しかし、日本では解雇が有効と認められるためには、客観的に合理的な理由があり、社会通念上も相当と評価されることが求められます。
そのため、本人に問題行動があったとしても、それだけで直ちに解雇できるわけではないのです。
経営者の感覚では納得しにくいケースであっても、裁判では別の結論になることがあるため、慎重な対応が必要です。
解雇紛争に負けると会社はどうなるのか?

解雇が無効と判断された場合、会社は単に「社員を辞めさせられなかった」で済まない点には留意が必要です。
場合によっては、従業員の復職や未払い賃金の支払いなど、経営へ大きな悪影響を与える結果になることがあります。
ここからは、解雇紛争に敗れた場合に会社が直面する代表的なリスクについて見ていきましょう。
解雇無効になれば、社員は職場に戻ってくる
裁判所が解雇を無効と判断した場合、会社は「解雇は最初からなかったもの」として扱わなければなりません。
つまり、解雇した従業員は従業員としての地位を失っておらず、会社には復職を受け入れる義務が生じます。
経営者としては、「もう一緒に働くことは難しい」と感じていたとしても、法律上は職場へ戻ってくる可能性があります。
そのため、安易な解雇は、かえって職場運営を難しくする結果につながることもあるのです。
バックペイによって過去の賃金支払いが発生する
解雇が無効になった場合、復職だけでなく、解雇期間中の賃金についても支払いを求められます。
この解雇から解決までの未払い賃金を「バックペイ」といいます。裁判が長期間に及べば、その分だけバックペイの金額も大きくなります。
会社としては実際に働いていない期間であっても、解雇が無効と判断されれば、その期間の賃金を負担しなければならない可能性がある点を理解しておく必要があります。
ダブルインカムが認められる場合もある
バックペイで注意したいのは、従業員が解雇後に別の会社へ就職していた場合です。
一般的な感覚では、「別の会社から給与を受け取っているなら、その分は差し引かれるのではないか」と考えるかもしれません。
しかし、実際には、再就職先で得た収入があっても、一定の範囲ではバックペイとあわせて受け取れてしまいます。会社からすれば、問題社員なのに二重の収入が得られて、得しているように映るかもしれませんね。納得のいかない現象になるのではないでしょうか。
この点も、解雇紛争が会社に与える影響の大きさを示す例と言えるでしょう。だからこそ、「問題社員だからすぐに解雇する」という発想ではなく、法的リスクも踏まえた慎重な判断が求められます。
問題社員に振り回されないために会社が使いこなすべき2つの武器

ここまで見てきたように、日本では問題社員であっても、いきなり解雇することは容易ではありません。
しかし、会社が一方的に我慢し続けるしかないわけでもありません。会社には、労働法のルールを踏まえながら、組織を守るために使える「武器」があります。
重要なのは、その武器を知らないまま感情的に解雇へ進むのではなく、段階を踏んで対応することです。
セミナー内では、会社が使いこなすべき武器を、大きく「対処の武器」と「予防の武器」の2つに整理してお伝えしました。
対処の武器
問題社員への対応では、最初から解雇を目指すのではなく、状況に応じて段階的な対応を積み重ねていくことが求められます。この際に求められるのが、下記のような「対処の武器」です。
<対処の武器>
- 書面による注意指導
- 降格
- 賞与の減額
- 懲戒処分
- 退職勧奨
- 解雇
これらは、会社が問題社員に立ち向かうための手段です。ただし、どれか一つを場当たり的に使えばよいわけではありません。
問題行動の内容、会社側の指導履歴、改善の機会を与えたかどうかなどを踏まえながら、順序立てて対応することが大切です。
採用の武器
もう一つ重要なのが、そもそも問題社員を生まないための準備です。
問題が起きてから慌てて対応しようとしても、会社側に記録やルールがなければ、十分に戦えません。
だからこそ、日頃から採用、契約、就業規則、人事制度を整えておく必要があります。
<採用における対応策>
- 採用基準を明確にする
- ジョブ型雇用契約を活用する
- 試用期間を適切に運用する
- 就業規則や人事制度を整備する
問題社員対応は、トラブルが起きた後の処理だけではありません。問題が起きる前に、会社としてどのような人を採用し、どのようなルールで働いてもらうのかを明確にしておくことも、会社を守るための武器なのです。無色透明の労働契約を、明確な色付きの労働契約にしておく努力が必要かもしれないということですね。
これら2つの武器の具体例については、後日公開の記事でも詳しくお伝えします。
まずは雇用維持の努力が必要!
問題社員への対応では、「解雇できるかどうか」だけを考えると判断を誤りやすくなります。
日本の労働法では、会社に対して、いきなり雇用関係を断ち切るのではなく、まずは雇用を維持するための努力を尽くすことが求められます。
具体的には、注意指導を行う、業務内容を見直す、配置転換を検討する、改善の機会を与えるといった対応です。会社としてできることを積み重ねたうえで、それでも改善が見込めない場合に、初めてより重い対応を検討する流れになります。
問題社員に振り回されない組織をつくるためには、感情的に解雇へ進むのではなく、会社として取るべき手順を踏み、記録を残しながら対応していきましょう!